掃除

NOTE

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BETTY WRIGHT – CLEAN UP WOMAN

 

作業に煮詰まってくると思い出したように部屋の大掃除をする。

しかしあまりのモノの多さにどこから手をつけて良いか分からなくなる。

本やら漫画やら雑誌やらレコードやら雑貨やら画材やら洋服やらなんやらが部屋やクローゼットを占拠している。

橋本治の『巡礼』という、高度経済成長期の日本を生き、ある時にとあるきっかけで心が壊れた男性がモノを捨てられなくなり家がどんどんゴミ屋敷となっていく小説があったけど、こちとらそんなきっかけも特になく、生まれながらのナチュラルボーン・ゴミ屋敷メーカーだ。

部屋の掃除をする度に言い訳のしようもない業のようなものを感じる、とかのたまう前にとっとと片付けろ、と怒声が飛んできそうだ。

立川談志が生前、夫人に部屋を掃除するよう言ったら「どうせ地球のどこかに寄せるだけでしょ」というようなことを言われた話があるが、これを言えるほどには人間の格というものができてはいない。

 

とにかく仕方がないので手前からやっつけるしかないのだが、いったい何のために捨てずにとっておいたかもわからないようなモノもたくさん出てくる。

過去の自分との恐ろしく深い価値観のギャップ。

モノを通じて何を考えているのかわからない過去の自分が現在の自分に対して「おっさんにゃわからんて」と言われているような気分にすらなる。

わからん、わからん。

カロリーメイト(フルーツ味)の空き箱、同じ銘柄の単三乾電池、スチレンボードを重ねて釘を打ったものなどを大量に目にして、微塵のためらいもなくゴミ袋に入れていく。

捨てるのにためらいはないが、これらを集めた自分の動機や衝動みたいなものはいったい何なのだろうとは思った。

まったくわけがわからない。

同じく、現在の自分がなにかしらを集めては壊しまた集めて、「作品」と呼べば聞こえは良いが、発表するあてもないものを飽きずにつくっているのも、わけがわからないといえばわからない。

無理に説明をしようとしても、その説明からこぼれ落ちる説明しきれないものがあまりに多い。

「そういうものを”アート”と呼ぶ」とか上から目線&したり顔で言われた日にゃ、「しゃらくせえ」と思ってしまう。

なんか面倒くさい自分。

目の前にある大量のモノだけじゃなくて、心の中も掃除した方が良いのか?

シンプルでお洒落な部屋に憧れる(嘘)。


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